論考

地球温暖化を身近な題材で楽しく学ぶ理科授業の方法

はじめに

こんにちは、理事の中村です。この記事は、地球温暖化を扱う理科授業の方法について、小中学校の理科を事例として紹介する記事になります。地球温暖化を扱いたい理科の先生方はもちろん、環境関連を担当されている行政関係の方々や、環境教育に力を入れておられる方・興味がある方などにもお読みいただければ幸いです。
(読了時間の目安:約15分 7119字)

地球温暖化は理科の授業で扱われない!?

地球温暖化という環境問題について、耳にしたことのある方がほとんどかと思います。しかし、小中学校の授業では、中学校理科第2分野の最後にある「自然と人間」の部分でしか、基本的には扱われません。しかも、このタイミングは中学3年生の終盤、つまり高校受験の真っ只中になります。したがって、先生も生徒もみな、受験対策に注力し、その結果、地球温暖化については教科書を確認して終わり、という結果になってしまっています。

この状況を打破するためにも、生徒たちに、そして先生方にも、魅力の感じられる地球温暖化授業を作っていく必要があるのです。

地球温暖化問題と環境教育の現状

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今や、様々な地球規模の環境問題が取り沙汰されるようになりました。その中でも、最も重要なものの一つに、地球温暖化の問題があります。1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットで「気候変動枠組条約」が採択され、20年以上が経ちましたが、本格的な対策はまだまだこれから、といった様相です。

地球温暖化問題の解決に向けては、様々な技術開発が望まれる一方で、人々の行動を促すための環境教育も重要になってきます。特にその中でも大きな役割を担うのが学校教育であり、とりわけ小中学校の義務教育段階での取り組みを疎かにはできません。小中学校の授業の中で、地球温暖化問題をどのように扱っていけばよいでしょうか?

地球温暖化を身近な問題として捉えることの難しさ

環境教育については、「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律」が平成24年10月1日から施行されており、国を挙げて推進する体制となっています。そして、閣議決定によってこの基本方針が定められていますが、以下に「環境教育がはぐくむべき能力」に関する記載を引用します。

環境教育によって育成することを目指す人間像は、1(2)「環境保全のために求められる人間像」において示したとおりですが、そうした人間に求められる能力としては、大きく「未来を創る力」と「環境保全のための力」に分けることができ、これらをはぐくむのが環境教育の役割だということができます。

・「未来を創る力」
社会経済の動向やその仕組みを横断的・包括的に見る力
課題を発見・解決する力
客観的・論理的思考力と判断力・選択力
情報を活用する力
計画を立てる力
意思疎通する力(コミュニケーション能力)
他者に共感する力
多様な視点から考察し、多様性を受容する力
想像し、推論する力
他者に働きかけ、共通理解を求め、協力して行動する力
地域を創り、育てる力
新しい価値を生み出す力  等

・「環境保全のための力」
地球規模及び身近な環境の変化に気付く力
資源の有限性や自然環境の不可逆性を理解する力
環境配慮行動をするための知識や技能
環境保全のために行動する力  等

環境保全活動、環境保全の意欲の増進及び環境教育並びに協働取組の推進に関する基本的な方針」より引用

この中で、地球温暖化に関して特に着目すべきは、「環境保全のための力」の例として挙げられている「地球規模及び身近な環境の変化に気付く力」です。というのも、地球温暖化問題に対して一人ひとりが行動を起こすことが難しい要因の一つとして、地球温暖化を身近な問題として捉えることの難しさが課題となっているからです。

この課題に対し、地球温暖化と関係がありながら身近でもその環境変化が観察できるテーマとして、今回は「生物の季節」をテーマとした授業を提案していきたいと思います。

地球温暖化を身近にするキーワード「フェノロジー」

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まず、生物の季節というテーマと地球温暖化との関係について、確認していきましょう。

生物の季節現象は、気温変化の影響を強く受けます。例えば、桜の開花を思い浮かべてみてください。皆さんの身近にある桜は、何月ごろに咲きますか? 3月か、4月か、はたまた5月という方もいらっしゃるでしょう。これは、地域によって異なります。なぜなら、桜は気温が高いほど開花が早くなるからです。緯度差や標高差によって気候が異なり、結果として開花時期も異なってきます。地球温暖化に対しても同じことで、もし今後、地球の気温が高くなっていけば、それに合わせて桜の開花時期も早くなっていくと考えられますね。こうした考え方のもと、桜の開花をはじめとする生物の季節現象を指す用語「フェノロジー(Phenology)」をキーワードとして、世界中で研究が進められています。

つまり、身近な桜の開花時期ひとつとっても、地球温暖化の影響を受けて、少しずつ変化しているかもしれないのです。もちろん、桜以外の植物の開花や紅葉、はたまたウグイスなど鳥の初鳴きなども同様です。ここで重要となるのは、身の回りで起きている季節現象が、毎年少しずつ変化しているかもしれない、という視点を持つことだと思います。ここに、フェノロジーという学術用語をあえて積極的に使う理由があります。「季節」という言葉は単純な春夏秋冬を連想しやすいので、もっと生物に注目して細かく見ていこうという意味で「フェノロジー」と表現します。「フェノロジー」をキーワードに、身近な生物の季節現象を地球温暖化に繋がる視点で捉えることができれば、先に述べた「地球規模及び身近な環境の変化に気付く力」の獲得に向けての大きな前進となるのです。

フェノロジーを理科の授業へ

では、フェノロジーを具体的にどのように授業へ導入すれば良いでしょうか。実は、フェノロジーに関連する内容は、既に理科の学習指導要領に様々な形で載っているのです。まず、小学校4年の内容で「B 生命・地球」の中に「季節と生物」があり、ここが最初の学習機会となります。その後、5年での「植物の発芽,成長,結実」、6年での「生物と環境」といった関連内容が続きます。中学校では、第2分野において生物現象についてさらに詳しく学習することになりますが、「指導計画の作成と内容の取扱い」の項には「継続的な観察や季節を変えての定点観測を,各内容の特質に応じて適宜行うようにすること。」という記載があります。

つまり、学習指導要領の内容から判断すると、小学校第4学年から中学校にかけての6年間は、継続的にフェノロジーを扱うことが可能であると考えることができます。そこで、これを実践するにあたっての進め方について、まずは導入となる小学校第4学年での実践事例をご紹介したいと思います。

小学校4年の理科では「季節と生物」を明確に扱うため、春夏秋冬と一年通して校内の生物観察をされる先生方も多くいらっしゃるかと思います。そのうえで、これを単なる観察体験にとどめることなく、地球温暖化問題へと認識を繋げていくためにも、一年間の観察体験を振り返る学習が重要となってきます。そこで、私がいつも実践しているのは、皆が自分自身のフェノロジー体験を振り返り、それをお互いが共有することをねらいとした授業です。

季節を細かく捉える意識を持たせる

以下、2時限(45分×2)を使う単元という想定で説明していきます。

1時限目の主な内容は、皆が自分自身のフェノロジー体験を振り返る準備として、身近な生物の季節現象を地球規模の環境問題へ繋げていくための認識を持つ第一歩を考えてもらいます。最初に、このような問いかけをしてみます。

「みなさんの学校にある桜の木は、何月に咲きますか?」

地域にもよりますが、だいたい「3月」や「4月」と答える児童が多いかと思います。ただ、この時点で既に、自信を持って答えられない児童がいたり、児童の間で答えが食い違うことがあったりと、あやふやな状況になりがちです。このとき、この状況を否定しないようにします。身近なフェノロジーを注意深く観察することは、たとえ大人でも容易ではありません。「先生でも知らない人がいたよ。」といったフォローを入れるなどして、児童のモチベーションを下げないよう配慮します。そして、ひとしきりやり取りが済んだところで、重ねてこう問いかけます。

「では、その桜の木、今年は何月何日に咲きましたか?」

この質問に自信を持って即答できる児童は、ほどんどいないと思います。先生でも難しいのではないでしょうか。しかし、これこそがフェノロジーの本質に直結する質問です。ただ、小学校4年だと、その本質そのもの、つまり地球規模の話をいきなりするのは、いささか早急でしょう。ここで重要なのは、児童たちの季節観を、春夏秋冬の四季がなんとなく過ぎていく、という漠然としたものから、季節の変化に応じて様々な生物が様々なタイミングで様々な行動をしている、という分析的なものに深めていくというプロセスだと思います。このとき、次のような映像を提示するのも効果的でしょう。

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これは、東京大学「サイバーフォレスト研究プロジェクト」の成果として公開されている、東京大学附属秩父演習林で撮影された映像からピックアップした、春夏秋冬の特徴的な12日です。同じような映像が、校内やその周辺など、児童にとってより身近な場所のもので用意できるのであれば、もちろんそのほうが望ましいでしょう。

「この映像に、どんな『季節』が映っていましたか?」

このように問いかけると、はじめは「春」「夏」「秋」「冬」などと答えるかもしれません。ここで詰まってしまうようであれば、「もっと細かく見てみるとどうかな?」「生き物たちには、何か変化はないかな?」などと重ねて問いかけ、児童たちの気付きをどんどん引き出してあげます。「紅葉」「セミ」といった発言が引き出せてきたら、少しずつ映像の解説に入っていき、季節は春夏秋冬に単純化できない細かさがあることを伝えていきます。上の映像でも、桜の開花過程、セミの鳴き声の入れ替わり、紅葉のタイミングの違い、落葉樹と常緑樹の違いなど、様々なフェノロジーが含まれています。

このタイミングで「フェノロジー」という言葉を紹介し、身近な生物の季節現象をより詳細に見てほしいというメッセージに集約していきます。

子どもたちのフェノロジー体験を引き出す

ここまでで、30分ほどかけて、単純な「季節」から詳細な「フェノロジー」へと、児童たちの意識変化を促してきました。いよいよ、児童のフェノロジー体験の振り返りへと進んでいきます。

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ここでは、フェノロジー体験を引き出すために当方で開発したオリジナル教材「フェノロジートランプ」を活用します。1時限目の残り15分で、フェノロジートランプの使い方を説明していきます。数名の児童の協力を得て、1つのグループを囲んで実演を見てもらいながら説明すると良いでしょう。また、プレイ中に発言した内容を付箋に書いてもらうよう、児童に促しておきます。

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この後に休み時間をはさみ、2時限目は4~6人ごとのグループに分かれてフェノロジートランプをプレイします。理想的には、各グループにプレイリーダーを配して、各々の児童がしっかり自分自身の体験を話せるよう、導いてもらうのが良いです。それが難しい場合には、担任の先生の協力も得ながら、特に発言するのが難しく感じてしまっている児童を中心にフォローしてあげます。他の児童も、最初はプレイ方法が把握できず戸惑ってしまいますが、グループに一人でも要領よく把握できている児童がいれば、そこから学び合いが発生して、放っておいてもどんどんスムーズにプレイできるようになっていきます。

子どもたちからフェノロジー観察の意欲を引き出す

残り15分くらいを目処に、まとめに移ります。各自のフェノロジー体験が書かれた付箋を、月ごとのカレンダー形式に貼っていきます。こうすることで、皆がどの時期に多くフェノロジー体験をしているかが可視化され、共有されます。

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この写真は、実際に小学校4年生が取り組んだものですが、これまでの経験上、だいたい4月・6月・8月あたりの付箋が多くなり、9月・3月あたりが少なくなる傾向になります。このことからは、皆がどの時期によくフェノロジーを観察しているかということだけでなく、付箋が少ない時期にも注目して、まだまだもっとフェノロジーを観察できるのはどの時期か、というメッセージも児童に伝えることができるでしょう。

最後に、フェノロジートランプをプレイした児童の感想を、少しだけご紹介します。

・普通のババぬきとはちがってボーナスやお題をこたえるというのは面白かったです。
・みんながどういうふうに思っているとか感じているかを聞けるところがよかった。
・冬でも外にあそびに行って季節のことを感じようって思いました。

このように、フェノロジートランプを用いた授業を行うことで、季節にもっと興味を持って詳細に観察していく意欲を引き出せると考えています。トランプが年齢を問わないように、小学校中学校の学年問わず、どの段階でも効果的に授業に取り入れられると思います。

フェノロジートランプからはじめる地球温暖化学習

ここまで説明してきた、フェノロジートランプを活用した授業の実施方法と要件を整理しておきましょう。

所要時間:90分程度
場所要件:児童生徒が3~5人ずつのグループに分かれてトランプをプレイできること
必要物品:フェノロジートランプ、付箋、筆記用具、まとめ用紙、大型ディスプレイ(プロジェクター+スピーカーでも可)
その他留意事項:フェノロジートランプのプレイ方法を把握した人を数名(理想的には各グループ1名)配置する。

以上、一般的な小中学校を想定すると、フェノロジートランプさえあれば、他は特に準備の難しい事項は無いかと思います。

地球温暖化学習のロードマップ

最後に、フェノロジートランプを起点とする、小中学校の理科における地球温暖化学習のロードマップを描いてみようと思います。

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小学校4年の理科で「季節と生物」のまとめとして、フェノロジートランプを用いた授業を行ったとします。すると、次の5年では「植物の発芽,成長,結実」を扱うことになるので、単なる春夏秋冬ではなく、もっと細かい植物の動きに着目していきたいところです。例えば、ちょうど春先には木々が芽を吹かせますが、その芽がどのように葉になっていくのでしょうか。「気がついたら葉があった」や「いつの間にか実がなっていた」といった認識から脱却し、「芽が昨日より膨らんだ!」「実が昨日より赤くなった!」といったふうに植物を動的に捉えられると良いですね。

小学校6年では、いよいよ「生物と環境」の中で、地球温暖化について扱うチャンスがあります。ここで、5年で観察した発芽や結実の過程について、同じ個体で再観察してみるのはどうでしょうか。おそらく、タイミングに数日のズレが発生します。ただし、このときタイミングが早まったとしても、短絡的に地球温暖化と絡めることは当然望ましくありません。ここで重要なことは、早いか遅いかではなく、毎年タイミングは変わるんだという事実に体験をもって気付くことです。この認識ができて初めて、地球温暖化が身近な生物の季節に影響を及ぼす可能性を、実感を伴って把握できるのだと思います。

中学校では、引き続き身近なフェノロジーを観察するのも良いですが、さらに地球温暖化への繋がりを意識するために、過去から蓄積されている映像アーカイブを用いた観察を行うことも効果的でしょう。例えば、東京大学サイバーフォレスト研究プロジェクトでは、1999年から2014年までの秩父演習林の画像アーカイブを公開しており、15年間のカスミザクラ開花などのフェノロジー観察が可能となっています。こういったアーカイブを用いた長期間にわたる観察によって、地球温暖化の時間スケールの大きさを擬似体験的に認識できます。

実際、東大秩父演習林のカスミザクラ開花は、15年間で明確な早期化傾向は見られません。地球温暖化の影響は、30年、50年といった単位で少しずつ現れてくるものです。こうした地道なフェノロジー観察に価値を見出すことができる子どもたちが増えることが、小中学校での環境教育における地球温暖化問題の扱いにおいて、一つのゴールとなると考えています。

今後のアクション

以上、やや壮大なロードマップを提案しましたが、まずはフェノロジートランプだけ、映像アーカイブ観察だけ、といった単独での実施でも良いので、実際に小中学校で理科の先生と協働による実践を積んでいきたいと思っています。地球温暖化を扱いたい小中学校の先生が身近にいらっしゃいましたら、ご紹介いただければ幸いです。また、「理科で地球温暖化」に限らず、例えば次のようなご相談をいただければ、ご協力できることがあると思います。

・ 子どもたちに豊かな自然を体験させたい。
・ 植物栽培に取り組んでみたい。
・ 総合的な学習の時間で環境問題を扱いたい。
・ 子どもたちのコミュニケーションを活発にしたい。

これらのことは、いずれも地球温暖化学習のロードマップに位置づけることが可能なものばかりです。どうぞ、お気軽にご連絡ください。